2012/12/1UP


顔写真

 兵庫県尼崎市の連続変死事件で、複数の報道機関が角田(すみだ)美代子被告として報じた顔写真が10月末、同市に住む事件とは無関係の別の女性だったと判明した。各社は美代子被告の息子の小学校入学時、つまり20年ほど前に撮影された写真を入手し、関係者数人から確認した上で配信、掲載したらしい。いくつもの証言を得たとされるが、それでも結果的に確認が十分ではなかったといえる。森口尚史氏がiPS細胞(人工多能性幹細胞)を臨床応用したという誤報が発覚して日が浅いこともあり、マスコミに対する信頼を失墜させる出来事だった。河北新報社などの加盟社に記事を提供する共同通信社に関して言えば、大分女児遺体遺棄事件でも確認を怠り、別人の母子の写真を配信してしまった“前科”がある◆正直、ひとごとではない。事件などが起きて、容疑者や被害者の顔写真を入手する苦労は痛いほど分かる。足を棒にして住宅街を歩き回り、玄関先で追い返された経験は一度や二度ではない(幸い角田支局管内ではいまのところ、その種の取材をせずに済んでいる)。何とかお願いして、町内会の旅行先で撮ったスナップ写真の一部を切り取ったり、卒業アルバムを見せてもらったり。プリクラ(写真シール作製機)を使ったこともある。まもなく公示される総選挙の候補者のように、本人を目の前にして撮影できればベストだが、事件の容疑者の場合、「顔写真を撮らせてください」と警察署の留置場にお邪魔することは不可能だ。兵庫県警が後日、美代子被告の写真を提供したのは極めて異例といっていい◆容疑者や被害者の顔写真を手に入れるのが大変なのは、家族に接触して写真提供を求めるのが難しいからだ。必然的に取材対象は家族から周辺へと移り、近所や同級生、会ったことがあるだけという人まで広がっていく。本人との交流が薄ければ薄いほど、ためらわずに写真を提供してくれる傾向にある。記者としては懐に飛び込みやすい。楽ができる。そこに落とし穴がある。遠い関係ということは、写真の人物が本人であると証明できる能力に疑問符が付くということ。まして今回は約20年前の写真。年月が経過するにつれて記憶があいまいになる。さらに和服を着ており、髪形もいつもと違うので、本人か別人か分からなくなる恐れはあった◆このようなミスを防ぐには、やはり確認作業を徹底するしかない。そもそも顔写真を載せる必要がないのではという指摘も受けるが、顔写真は事件の背景、人物像の解明につながる重要な情報の一つだと思う。だからこそ信頼性の高い、確実な情報であることが前提となる。誤報問題を他山の石としなければならない。