2012/8/1UP
手書き
字が下手くそだ。丸く、大きく、強い筆圧。殴り書きの取材ノートなんて、恥ずかしくて見せられない。手紙の宛名や御祝儀袋、記帳などは人の目に触れる分、もっとつらい。書かずに済むのなら避けて通りたい。上手に書こうと欲を出すほど失敗する。どうすればそんな風に書けるのか。大人になれば自然に上達すると信じていたが、違ったらしい◆幸運にも現代では、この醜い字を披露せずに原稿を執筆できる。パソコンのキーボードを軽快にたたくだけで、新聞記事の出来上がり。私も記者として原稿用紙に向かってペンを走らせた経験がなく、入社以来、パソコンで記事を書き続けている。手書き原稿をチェックしていた昔のデスクは、大変だったはず。社内を見渡すと、達筆すぎて判読が難しい癖字の“使い手”があちこちにいる◆パソコン入力になり、現代の記者が字の下手さで恥をかくことはなくなった。と思ったら、そこには別のわなが潜んでいた。大きな声では言えないけれど、漢字の変換ミスが一向になくならない。自戒の念を込めて、深刻な問題と受け止めている。中にはデスクの目をくぐり抜け、紙面に掲載されてしまうケースも少なくない。同音異義語などを指摘する校正ソフトの性能は向上しているものの、やはり限界はある。機械の力を過信してはいけない◆読めるけれど、書けない漢字も増えた。記者に限らず若者を中心に多くの人が、ビジネス文書から私信までワープロソフトやメールで済ませる。日記はブログやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス=交流サイト)に、手帳はスマートフォン(多機能携帯電話)に、という時代。簡単な漢字を思い出すのにさえ時間が掛かってしまう。この欄もパソコンで書いているので、知らないうちに変換ミスをしないよう細心の注意を払わなければ。4歳の娘が覚えたての平仮名を鉛筆で得意気に書くのを見ながら、そんなことを考えていた。