2009/6/1UP


宝探し

 急に食べたいと思っても遠方だったり、時間的に都合がつかなかったりして、今ではなかなか口に運べずにいる「青春の味」というものが誰にでもある。記者としての「青春」を過ごしたかつての勤務地・秋田県横手市。県南内陸部の盆地で、石坂洋次郎の小説「山と川のある町」の舞台としても知られる。雪が多い点や街の規模などを除けば角田市と少し雰囲気が似ている。2005年に周辺7町村と合併し、人口10万人を超える都市になったが、そこにはいつまでも変わらない味があり、地域の食文化に根付いている。四角くて太いゆで麺に甘いソース、半熟の目玉焼き、福神漬けがのっている「横手やきそば」だ◆今でこそ人気B級グルメとして新聞やテレビで話題に上る機会が増えたが、地元の食として定着したのは決して最近のことではない。昭和30年代には市内に数多くのやきそば屋が並んでいたといい、今でも50店以上の飲食店で昼夜問わず提供している。飲み会の締めにラーメンを食べるのと同じ感覚で、横手の人は「ビールに合うんだ」と言いながらやきそば屋に立ち寄る。調理場をのぞくと鉄板の上でめんとソースが絡み合い、ジュージューと音を出しながら湯気が立ちこめている。どことなく懐かしい庶民の味。そして値段が400~600円程度と安い。市民にとっては当たり前の存在で、名物になるなんて最初は誰も考えなかった◆マスコミに取り上げられたのがきっかけで、記者が横手に赴任する直前の2000年ごろ全国的に注目を集めるようになったが、ブームに火がついてから地元の動きは素早かった。市商業観光課には「かまくら担当」のほかに、「やきそば担当」の係長を置いて知名度アップに奔走した。飲食店が暖簾(のれん)会を結成、すそ野を拡大させるために職人養成講座を開講、同じくやきそばで有名な静岡県富士宮市との対決…。生き生きとまちおこしに取り組む姿を取材し、何度も紙面を飾らせてもらった。なにより皆、楽しみながらやきそばをPRしていたのが忘れられない◆角田市でも埋もれた「お宝食材」が足元に転がっているはず。先日行われた市長のランチミーティングでも物産について議論され、宇宙食カレー、梅、ずんだなどの有名なものからシイタケといった意外なものまで幅広く話題に上った。「丸森に追いつけ追い越せ」なんて声が出たのは頼もしく、まずは発掘するところから始めてほしい。市外の人が「おや?」と不思議がる一品が見つかるのではないだろうか。食材に限らず「それってどこにでもありますよね」と片付けてしまうのは、記者としても命取りになりかねない。角田に来て2カ月、地域にどっぷり浸かりたい気持ちはあるけれど、市外からやって来た観光客のようにいつまでも好奇心を失わずに過ごしたい。そんなことを考えながら日々、取材という宝探しを続けている。