2007/2/1UP


筋違い

 「いじめ」と同じだと思う。巨額の債務を抱え、4月から財政再建団体に転落する北海道夕張市をめぐる問題のことである。くだらない観光施設へ無謀な投資を繰り返した結果、財政が行き詰まった。今後、国の監督下で財政再建を目指す中で、税率は引き上げられ、行政サービスは「全国最低水準」に落とされるという。 放漫な自治体経営を許した市民へ罰が下されるというわけだ。◆…だが、このやり方には違和感がある。 市長や議員を選んだのは住民で、任命責任があるというけれど、そんな建前論で割り切れるものではない。財政の仕組みは複雑で、一般市民が自治体の置かれた実情を把握するのは難しい。さらに夕張市は、決算に表れない「一時借り入れ金」という手法を使い、毎年度の黒字を装っていたとされる。元々ややこしいものに、ウソまであったのではどうにもならない。直接政治に関われるほど市民はヒマでなく、その能力もないから、代わりに高い報酬を払って市長や市議、市職員を雇っているのだ。期待を裏切り、まともな仕事をしてくれなかった。それだけのことだ。市民には、こんな罰を受けるほどの罪があったとは言い難い。「見過ごした」罪を言うなら、国、北海道、地元マスコミが先に罪を問われるべきだ。◆…できることなら、みんな逃げ出してしまえばいい。個人の借金ならどこへ行こうが付いて回るけれど、自治体の借金をまさか「元市民」から取り立てる訳にもいかない。 仮に「住民ゼロ」になった場合、どんな事態が起きるのか。そもそも、構成員のない自治体というのは、概念として存在し得ず、税収ゼロでは借金を返済することも不可能だ。自治体の借金が取り立て不能になるという前例を作れば、ほかの自治体が今後借金するのは難しくなる。困るのは、最終的に尻ぬぐいをせざるをえない北海道であり、国の方だ。◆…ただ、悲しいかな、実際に脱出できるのは限られた人だけだ。炭鉱が閉山し、1960年に12万人だった人口は、1万3000人に。疲弊した地域経済にあって、動ける余力がある人は多くはないだろう。引っ越し費用さえ捻出できない人もいるに違いない。お年寄りが住み慣れたまちを追われるというのは悲劇である。住宅を持っている人や土地とともにある農家も、どうにも動きようがない。 ◆…沈みかけた船から、若くて体力がある人はいち早く逃げ出し、子どもやお年寄り、これらの人を抱えた人は置いてけぼりにされる。こんな構図を作り出した誰かは、本当に罪作りなことだ。地方改革を進める上で、国は夕張を「見せしめ」として利用したい狙いもあったのだろう。けれど、住民に痛みを与えるのは、不公平さだけが際立ってしまう。抗うすべを持たないからと、弱みにつけ込むのでは、いじめというほかない。今回の問題は、住民ではなく、ぬるま湯体質にある全国の自治体と自治体職員への「ショック療法」にとどめて置くべきだろう。